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コントを演劇的に見る(4) - バナナマンの『LAZY』
このコントを、演劇的だと感じる点を9つあげておきます。

◆1.明かりが付いていない段階から台詞が始まる。明かりが付く前から、物語は続いている事を想像させる。

◆2.ここがどこで相手が誰なのか、なぜこのような自体になっているかを、いきなり説明しない。つまり設定を設定として説明しない。
   何が起きているのか特定されない漠然とした情報から、
   個人を特定される情報(登場人物の名前や役割)へと徐々に情報を開示していくことで、
   観客は、物語を自主的に追いかけようとする。観客の想像力を駆り立てて物語へ引き込む、効果的な手法である。

◆3.設楽が横になってコーヒーを飲むシーンなど、一般的なコントに見られる体の緊張はなく、非常にリラックスしている。
   台詞をウケを狙って意図的に言うのではなく、物語の世界に、その役としている事をなによりも優先している。
   そのため、声の強弱・高低・緩急・広角と鋭角・意図的に崩した音など、二人の出している音のバリエーションが非常に多い。

◆4.自分の台詞が相手の台詞にかぶさることも、物語の自然な流れであれば恐れない。
   どこが面白いかという情報を伝えることよりも、会話を成立させることを優先している。
   だからこそ、台詞をかんでも気にしない。うまく伝わらなかったら、言い直せば問題ないのである。

◆5.設楽がだるまのTシャツを見つけてしまうことで観客が目撃者になるが、その認識の差を安易に埋めない。
   やはりあったことが面白いだけではない。二人の認識の差が、その後の二人の行動に、どう影響するかが目が離せない。
   つまり、あったというハプニングが面白いだけではなく、その後の二人の関係が、どうなっていくかが面白いのである。

◆6.二人のステータスの違いを明確にして、二人の関係性を描く作品はよく見かけるが、
   通常はそのステータス(どちらが立場が上か・どちらに発言力があるか)は変動しない。
   この作品は、本来対等であった二人の関係が、物語が進むに連れステータスの上下が定義され、
   物語の進行において、それが何度も入れ替わる。
   ボケと突っ込みが入れ替わるのではなく、二人のステータスが何度も入れ替わる点が、すばらしい。

◆7.(5/5)の展開は少々突飛である。ただし、日村の話が本当かも知れないし、
   ひょっとすると嘘かも知れないが、観客はそこを含めて受け入れてしまう。
   観客にとっては、もはや本当でも嘘でもいいのだと思う。日村と設楽を見たいのである。

◆8.全編を通しての観客の笑っているポイントを細かく観察すると、観客の笑って瞬間は、まとまっていない。
   言っていることが面白いのではない。物語から紡ぎ出される、二人の関係性が面白いのである。
   だからこそ、お客さんが笑うタイミングは、一つに集約されない。

◆9.物語の最初と最後で、状況の変化だけではなく、人間の成長が描かれている。



最後に起きる観客の拍手は、本当の賞賛であろうと思わせるほど力強く、説得力がある。

ここまで書いてて気付いたが、バナナマンのコントが演劇的なのもあるが、
最近の芝居が、コント的になってしまっているんでしょうね。

いやぁ。バナナマンおもしろい。

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