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なぜか美術史、そのうち芝居(5)
引き続き、美術史について書きます。

さて、前回取り上げた円山応挙と全く同時期に、同じ京都に曾我蕭白(そがしょうはく)という絵師がいました。

重要文化財《群仙図屏風(ぐんせんずびょうぶ)(左隻)》曾我蕭白(1730年-1781年)筆 文化庁蔵
重要文化財《群仙図屏風(ぐんせんずびょうぶ)(左隻)》曾我蕭白(1730年-1781年)筆 文化庁蔵


重要文化財《群仙図屏風(ぐんせんずびょうぶ)(右隻)》曾我蕭白(1730年-1781年)筆 文化庁蔵
重要文化財《群仙図屏風(ぐんせんずびょうぶ)(右隻)》曾我蕭白(1730年-1781年)筆 文化庁蔵

さすが異端・狂気の画家と言われただけあります。
是非、画像をクリックして、拡大してみてください。

Wikipediaの曾我蕭白の群仙図屏風には、このような解説がなされています。

>蕭白の代表作で、日本美術史上類を見ない奇想天外な作品。
>右隻右端から順に、袋に薬草らしき枝を入れた医師董奉(扁鵲とも)、簫を吹く簫史、八仙の一人李鉄拐と呂洞賓。
>左隻には、決して可愛いとはいえない子供を連れた林和靖、水盤から魚を取り出す左慈、
>美人に耳垢を取らせる蝦蟇仙人、最後に彼らを虚ろな表情で眺めている西王母が描かれる。
>仙人や唐子、鶴や鯉など不老長寿を願うめでたいモチーフが散りばめられていることから、
>何らかの縁起物として発注されたと推測される。

すごい画力ですよね。それにしても、縁起物って・・・。

これが祝いの席に飾られていたら、出席者全員どん引きですよね。
私が幼い頃にコレを見たら、絶対にトイレに行けなくなると思います。

では、もう一つ見て頂きましょう。

重要文化財《寒山拾得図(かんざんじっとくず)(寒山)》曾我蕭白(1730年-1781年)筆 京都国立博物館寄託
重要文化財《寒山拾得図(かんざんじっとくず)(寒山)》曾我蕭白(1730年-1781年)筆 京都国立博物館寄託

重要文化財《寒山拾得図(かんざんじっとくず)(拾得)》曾我蕭白(1730年-1781年)筆 京都国立博物館寄託
重要文化財《寒山拾得図(かんざんじっとくず)(拾得)》曾我蕭白(1730年-1781年)筆 京都国立博物館寄託

これまた、怖い!

Wikipediaに『寒山』『拾得』の解説がありますので、興味がある方はどうぞ。


こんなびっくりする絵を描いていた曾我蕭白ですが、
実は当時は、西洋画的な円山応挙の方が、曾我蕭白より異端だったと言う話もあるから驚きです。

そんな曾我蕭白、円山応挙の絵に関して、こんな事を言っています。


『画が欲しいなら自分に頼み、絵図が欲しいなら応挙が良いだろう。』


ここで蕭白は、「画」と「絵図」という言葉を使い分けてます。

つまり曾我蕭白に言わせれば、応挙が描いているのは、図録に載せる挿絵みたいなもので、
自分(曾我蕭白)が描くものは、その程度じゃない。

と皮肉っているわけです。

これは曾我蕭白の単なる負け惜しみではなく、
当時の画壇では、応挙の絵を冷ややかに見ている人は、他にもいたようです。


私も確かに、言い得て妙だと思うのです。
しかし円山応挙の絵が、ただの図録の挿絵だとは思いません。


応挙は写生を重要視した絵師ですが、応挙は弟子達に、こんな事も言っていたようです。


『気韻生動というものは写生を徹底すれば自ずと出来てくるもので、写生を超える画趣も可能になるのだ。』


『気韻生動』というのは、goo辞典ではこのように記されています。
>芸術作品に気高い風格や気品が生き生きと表現されていること。
>また、絵画や他の芸術作品などに、生き生きとした生命感や迫力があり、情趣にあふれていること。

>▽「気韻」は書画など芸術作品にある気高い趣。気品。
>「生動」は生き生きとしているさま。また、生き生きとして真に迫ること。
>中国六朝りくちょう時代、南斉なんせいの人物画の名手謝赫しゃかくが、
>『古画品録』の中で画の六法の第一に挙げたのに始まるといわれる。

円山応挙の言葉を整理すると、

『写生とはものの形を移すことに始まり、対象の持つ風格や気品、生命力までも描いてこその、写生である。』

といったところでしょうか。


ここで応挙をもう一つご紹介します。

国宝《雪松図屏風(ゆきまつずびょうぶ)-左隻》円山応挙(1733-1795)筆 三井記念美術館蔵
国宝《雪松図屏風(ゆきまつずびょうぶ)-左隻》円山応挙(1733-1795)筆 三井記念美術館蔵

国宝《雪松図屏風(ゆきまつずびょうぶ)-右隻》円山応挙(1733-1795)筆 三井記念美術館蔵
国宝《雪松図屏風(ゆきまつずびょうぶ)-右隻》円山応挙(1733-1795)筆 三井記念美術館蔵

雪の白は、下地の白を生かしています。
輪郭線を用いずに、墨の濃淡だけでここまで表現するとは、すごいですよね。

最近デジカメが普及しましたが、みなさんは、旅先で写真は撮りますでしょうか。
旅先から戻ってきて現像した写真って、なぜか、感動が半減しませんか。

おそらく、素人が撮ったレベルの写真は、
その場で感じた心地よい日差しや、頬をなでた風まで、封じ込める事ができていないからだと思うのです。

その点、応挙は、物語の中(作品の世界)に入れる気がしてくるのです。
だからこそ私は、応挙は、ただものの形を写した人ではないと、思っています。

ちなみに雪松図屏風は、三井記念美術館の所蔵です。
2013年1月4日より展示されるとのことですので、絶対見に行かなければと思っています。

豪商三井家をパトロンに付けることができたのは、応挙の絵には、風格と気品が備わっていたが故なのでしょう。


ま、実は私は、曾我蕭白が好きではないんです。
なぜかというと、全部、曾我蕭白じゃないですか。しかも、全部怖いじゃないですか。


そう思っていたら、こんなのを見つけました。

《石橋図(しゃっきょうず)》曾我蕭白(1730年-1781年)筆 バークコレクション
《石橋図(しゃっきょうず)》曾我蕭白(1730年-1781年)筆 バークコレクション


《龍図(りゅうず)》曾我蕭白(1730年-1781年)筆
《龍図(りゅうず)》曾我蕭白(1730年-1781年)筆


これ現代の漫画じゃないんですよ。今から250年以上前の、掛け軸です。何という構図と、躍動感でしょう。

曾我蕭白は、作家の精神性を重要視した作家だと言われています。
その精神性を表す言葉に、『写意』というものがあるんです。

次回は、『写意』と伊藤若冲(いとうじゃくちゅう)ですかね。
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