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【演劇論】 言葉に秘められた本当の気持ち
『日本人はアメリカ人と会話するとき、思ったことを口にできない。』

これはアメリカと日本の文法による違いだという説がある。

結論を述べるまでが長い日本語に比べて、
「主語+動詞」で始まる英文法の方が、意志を明確に提示できるというのだ。

だが、自分で例えを出しておいてなんだが、どうやらそれは違うらしい。
お隣の国である韓国は、実は日本と同じ文法であるが、残念ながら恐ろしいほど感情むき出しだ。


『日本人は、耐えることを美徳とする。』

その為、板の上で涙を流している人よりも、涙をこらえている人に感動する。

だからこそだろうか、
一番に伝えたいことを飲み込んで、二番目に言いたいことを言ってしまう事もある。

そういった意味では、
思ったことをストレートに口にできるかどうかは、文化によるものだと言えなくもない。


日本人が思ったことをストレートに口にしないのは、台本に書かれた台詞に於いても同じ事である。

しかし、台本に書かれた言葉になると、
役者は急に感情むき出しで、ストレートに言葉を伝えてしまう場合が意外と多い。


大学受験の時に手にした英文法の参考書に、こんな事が書いてあった。


文中に『Good morning.』という言葉がある。
日本語に訳せば「おはよう」である。

しかしこれが、

徹夜明けの同僚がコーヒーを差し出しながら言うと、『ねぎらい』
初めての一夜を共にした女性からかけられた言葉なら『はじらい』
遅刻して上司のデスクの前で浴びせられた一言なら、『皮肉』

状況が『Good morning.』に込められた意味を変える。
単に「おはよう」という訳では伝えきれない想いが、そこにはある。
高得点を狙いたいなら、その込められたニュアンスまで訳せと書いてあった。


もう一度、話を戻そう。

台本の中に「おはよう」というフレーズがあった場合、
役者は、どういう感情で挨拶を言うかを考えてしまいがちだ。

しかし重要なのは「言葉に感情を込める」ことではなく、
どういうニュアンスで、その言葉が用いられたかを理解し、表現することにある。


ねぎらいの気持ちで「おはよう」と言うとき、
そこに喜怒哀楽は存在しない。


あるのは、相手へのねぎらいの気持ちだけなのだ。
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