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【演劇論】 台詞と競り詞(セリフ)
三木のり平さんは、
台詞と書いてセリフと読むのは当て字であり、
台詞の語源は競り合う言葉、つまり、「競り詞」が語源でないかと言っていた。

板の上で役者は言葉をぶつけ合い、競い合い、物語は一つの結末へと向かう。
つまり板の上では、役者同士は闘かっているのかも知れない。


 相手役者がうまいと、自分の演技をさせてもらえないことがある。
 相手役者が下手だと、自分の演技も下手になったりもする。


どちらにせよ、相手に板の上で負かされているのである。
それは、台詞を固めるから、そこを起点に相手に倒されるのだと思っている。



カウボーイビバップ(アニメ)の中に、こういう台詞がでてくる。

 ブルースリーはこう言ったそうだ。心をからっぽにして、どんな形態もカタチも捨てて、水のようになる。水をコップに注げばコップになり、水をティーポットに注げば水はティーポットになる。水は流れることもできれば、激しく打つこともできる。だから友よ。水のようになることを心がけるべきだ。(中略)自分が教えているのは護身術とか、相手の倒し方ではなく、そんなことじゃなくてむしろある動きをとおしてどうやって自分を表現するか、ということなんだ。それが怒りであれ、決断であれ、なんだろうとも。つまり格闘に則った人間の体の使った表現方法だ。ブルースリーがただの映画スターや格闘家でないことがわかるだろう。(スパイク)


型を決めるから、そこに力が加わったとき、その力を逃すことができず、相手に倒される。

今は芝居を楽しくやっているので、
余計な力が入っていなく、一見自由に演技できているように見える。
でも、それは、本当に自由なわけではない。

まだまだ、決まった音で台詞が出ているのだ。

例え「お前の演技は俺がつぶす」と言われたとしても、
その言葉を深刻に捉える必要はないと思う。

それは、「板の上で闘おう。まだまだ負ける気がしないがな。」と言っているに過ぎない。

これからが勝負なんだと思う。


          『水になれ』


そうすれば、予測しなかった音で台詞が飛んできても、
あなたはそれを受け、あなたにしか無い音で、それを返すことができるだろう。

そうすれば、あなたも相手も観客も、よりその時間を楽しめるに違いない。
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