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【演劇論】 言葉が当たる
言葉が当たる

『言葉が当たる』の前に、
『言葉が刺さる』について書いた方が、イメージし易いのではないかと思う。


日頃、誰かの発言が身にしみた時、『今の刺さった。』などと言わないだろうか。


発言が心に刺さってちくっと痛かったことを『言葉が刺さる』というが、
中には研ぎ澄まされた名刀を持っていて、
刺さるどころかバッサリ斬られたことに気が付かない場合もある。

どちらの表現も、言葉に鋭さや切れ味があることを認識しているため、
『言葉が刺さる』や『知らぬ間に斬られてた』といった言葉で、
人はイメージを共有できるのである。



言葉とは、のどから発せられた音である。




物体Aが物体Bに衝突した場合、
物体Aは物体Bを振動させ、それが空気を伝わって耳に届く。

つまり、それが音なわけだが、
この物体Aを「音」に置き換えると、

音(言葉)が誰かの心に向けて放たれた場合、
その言葉は、その人の心を揺さぶり、心に響く。そして感動する。


演劇の世界ではこれをまさしく、
『言葉が当たる』もしくは『当たる台詞』という言い回しを用いる。




台詞(言葉)を当てようとするとき、まずは誰に向かって言うかが重要である。

「当たる台詞」の反語に、「歌う台詞」というのがある。

不特定多数に向かって歌う『唄』になぞらえて、
誰に向かって言っているのかわからない台詞を、台詞を歌うというのであろう。



例えば、仏壇の前に『お鈴』があるとする、
お鈴をおもいっきり叩くと、カーンと甲高い音を立て、きれいな音では響かない。

当てるときは、その力加減も重要である。



『言葉が当たってない。』
『言葉が当たらない。』

この二つは、似ているようで、実は微妙に違う。

『言葉が当たってない。』は、
誰に向かって言っているのかわからない。という時に用いるのに対し、

『言葉が当たらない。』は、
あなたの言葉は心に響いてこない。という時に用いる。


もう一度、物理的な例えをすると、

バットにボールが当たってホームランとなる場合、
スイングに余計な力が入っていると、実はバットにボールが当たっても遠くまで飛ばない。


スイング自体は非常にシンプル良い。ボールの芯をとらえるだけである。


両親や兄弟の小言が、やけに心に刺さることはないだろうか。
それは感情的ではなく、的を得ている場合が多いからだ。


人は、感情的な物は、感情論で無視ができたりする。
しかし、感情をまとわない素の言葉は、非常に心に刺さるのだ。


だからこそ、誰かに思いを告げるとき、
素直な気持ちをそのまま伝えた方が、伝わったりする。


あなたが言葉を届けるとき、台詞を読むときに、余計な感情はいらない。


言葉は、それ自体に力がある。


芯をとらえたとき、その人の心は大きく揺れる。

その心の動きがその人の人生を変える。

それが、言葉がドラマを生む瞬間である。
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