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【演劇論】 音の響きが持つ力
昭和天皇が崩御して、時代が平成へと変わるとき、
『平成』という名前を考えた言語学者達がいた。

ある音声学者は、実は「平成」に反対したという話がある。

昭和(syouwa)や大正(taisyou)には、詰まった音がある。
これが、時代を引き締める役割を果たしたというのだ。

また明治(meizi)のziなどの濁音も、引き締める音らしい。

平成(heisei)なんて、ゆるく平らな音にしてしまったので、
こんなしまりのない時代になったという、音声学者がいるというのだ。



英語における否定は「NO」、
日本語における否定は「無い」
フランス語の否定は「non」

そう、ナ行である。


英語のおける火は「fire」、
日本語における火は「火・炎」
フランス語における火は「Feu」 ←読めない

まぁ、ハ行でしょう。


音声学的に、
人は本質的に感じたものを音にし、それが言語になったたという見方がある。

つまり言葉のもとである「音」自体に、潜在的に意味が存在しているというのだ。


最近の例を出すと、
製品に売れる商品名を付ける会社がある。

「ネーミング」&「会社」で検索するといっぱい出てくるが、
要は発音に関する膨大なデータから、
売れる製品、安心できる製品の名前をネーミングしてくれる会社だ。

最近の車や洗剤などは、
こういった会社がネーミングしているとNHKで放映されていた。


これらの会社は、音の組み合わせで商品名を作る。

ネーミングされた造語は、それ自身はまだ言葉ではない。音の集合体である。


そして言葉も同じく、音の集合体ではないか。
だからこそ、その一つの音も無駄にして(捨てて)はいけない。

その音が本来持つ『響きの力』を消し去ってはいけないのだ。

だからこそ、言葉を大事にするということは、
その音一つを大事にすることなのだと、私は思っている。
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