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東京藝術大学大学美術館「芸大コレクション展-春の名品選-」(2)(2012/4/5~6/24)
前回に引き続き、東京藝術大学大学美術館「芸大コレクション展-春の名品選-」(2)を書きます。

東京藝術大学大学美術館「芸大コレクション展-春の名品選-」(1)の続きになります。

では、藤田嗣治(1886-1968)の猫から。

《猫》藤田嗣治(レオナール・フジタ)(1929年頃製作)東京芸術大学蔵
《猫》藤田嗣治(レオナール・フジタ)(1929年頃製作)東京芸術大学蔵

たぶん、展示されていたのはこれだと思うのですが、違ったらすみません。

全くの美術の素人の私でも名前は聞いたことある、藤田嗣治。
本人の写真を見て頂きましょう。

藤田嗣治(レオナール・フジタ)
◆◇藤田嗣治(レオナール・フジタ)◇◆

かっこいいでしょ。

実は、こないだ国立近代美術館に行ったときに、
藤田嗣治の「ソロモン海域に於ける米兵の末路」という作品が展示されていまして、
いわゆる戦争画と呼ばれる、プロパガンダ用の絵だったんです。

戦争画を描いてるって事は、てっきり大正生まれの人だと思っていたら、藤田が生まれたのは明治19年。
東京美術学校(後の東京芸術大学)に入学して、黒田清輝の教えを受けていたのですね。

しかし、印象派の強い影響を受け写実を重要視した黒田清輝には全く評価されず、卒業後に渡仏。
そこでキュビズムやシュールレアリズムと出会い、藤田は衝撃を受けます。

Wikipediaの藤田嗣治によると、

>「家に帰って先ず黒田清輝先生ご指定の絵の具箱を叩き付けました」
>と藤田は自身の著書で語っている。

とあります。

ここで藤田は、展覧会でも一切評価してくれなかった黒田清輝の事を、それでも『先生』と記していますね。

きっとこの藤田の一連の行動は、黒田清輝や日本画壇に対する単純な怒りではなく、
これからは自らの信じる道を突き進もうという、藤田の決別と決意でありつつも、
『自分はこれでいいんだ』と、やっと自分を受け入れることができた、自己肯定の瞬間でもあったのでしょう。

きっと藤田は、大粒の涙を流したに違いない。

ちなみに戦争画を書いた後の藤田は、半ば戦犯のように非難され、再び日本を離れています。
「国のために戦う一兵卒と同じ心境で描いた」のになぜ非難されなければならないのかという、藤田の思いは悲しすぎます。

詳しくは、Wikipediaの藤田嗣治をお読み下さい。

それにしても、藤田の猫、かわいいなぁ。
実物は、もうすごいですよ。猫の毛が、ふわぁぁぁってなってて。


では、もう一つ。
長谷川潔(1891-1980)銅版画をどうぞ。

《摩天楼上空のポアン・ダンテロガシオン号[ニューヨーク上空の]》長谷川潔(1930年製作)東京芸術大学蔵
《摩天楼上空のポアン・ダンテロガシオン号[ニューヨーク上空の]》長谷川潔(1930年製作)東京芸術大学蔵

ポアン・ダンテロガシオン号は、1930年にパリ→ニューヨークをノンストップ飛行をした飛行機の名前です。

なんでしょう。

美しいんですが、不安になってくる感覚。
現代の私には、自然を凌駕したと錯覚している都市の姿に、見えてくるからでしょうか。

そんな意図では、おそらく作られていないんでしょうけどね。


ちなみに長谷川潔(はせがわきよし)の事は、鑑定団で知りました。
『草花とアカリョム』という作品が、鑑定団に出たことがあるんです。

それが、これです。

《草花とアカリョム》長谷川潔(1969年製作)東京国立近代美術蔵
《草花とアカリョム》長谷川潔(1969年製作)東京国立近代美術蔵

いいですよね。これ。(※国立近代美術館の収蔵品です)

この時の放送の、長谷川潔の紹介VTRの中に、こんなシーンがありました。

一木一草を追求すれば神にたどりつく

私には、長谷川潔のこの言葉が、強烈に記憶に残ったんですよね。

私は特定の信仰を持たない人間なんですが、日本のアニミズム的な自然信仰は好きです。

「一木一草を掴もうとすると、必ず神に突きあたる。」

こうやって人は神と繋がって、宇宙と一つになるのかも知れません。

そんな哲学っぽい事を書いて、今回はおしまい。


さすが芸大。いいもん、もってますよ。

みなさんも是非どうぞ。
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