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東京藝術大学大学美術館「芸大コレクション展-春の名品選-」(1)(2012/4/5~6/24)
東京芸術大学大学美術館の高橋由一展を見に行ったついでに、同美術館の『春の名品選』も見てきました。

まず私が心を奪われたのは、白井雨山(1864-1928)の作品。

白井雨山は、東京美術学校彫刻科に塑造(そぞう)科を開設した方です。
私は美術に関して素人なので、存じ上げませんでした。

でも、この作品のモデルとなった人なら、知っています。

《太田道灌(おおたどうかん)》白井雨山(1907年製作)東京芸術大学蔵
《太田道灌(おおたどうかん)》白井雨山(1907年製作)東京芸術大学蔵


太田道灌!!

カッコイイ!!

江戸城を築城した武将として有名な、あの太田道潅の狩り姿です。

私が今まで見てきた彫刻は、
対象の威厳を示すために作られたものか、肉体が内包するエネルギーを立体的に造形したものであった気がします。
他の言い回しをするなら、頑張ってる姿を作っているのです。

しかし、この太田道潅の姿は、それとは別物な気がします。
威厳ではなく、風格を備えている気がするのです。無理をしていないのです。

だからこそ、かっこいいという言葉が、まず出てくるのかも知れません。

実際の展示は裏側からも見ることができるのですが、この道灌の背中がいい!
口元を強く結び、背中で語ってくる職人気質な立ち姿は、まさに太田道潅のイメージにぴったりです。


次に心を奪われたのは、私の大好きな円山応挙(1733-1795)

《若芽南天(わかめなんてん)》円山応挙(1765年製作)東京芸術大学蔵
《若芽南天(わかめなんてん)》円山応挙(1765年製作)東京芸術大学蔵

芸大は、円山応挙も所蔵してるのですね。

南天は植物の名前で、とまっているのは雀です。
付立法(ついたてほう)という、輪郭線を一切用いない手法で描かれています。

ただの枝じゃないかいう南天に、ここまで魅せられてしまう。

やっぱり、応挙はいい。


その並びにある、椿椿山(つばきちんざん)や、川合玉堂(かわいぎょくどう)もビックネームですが、
これまた私の好きな、菱田春草があるじゃない。

《水鏡(みずかがみ)》菱田春草(1897年製作)東京芸術大学蔵
《水鏡(みずかがみ)》菱田春草(1897年製作)東京芸術大学蔵

春草の初期の作品だそうです。

天女が持つ右手の紫陽花と、腰のあたりから後ろに回り込む紫陽花を比較すると、
一瞬、構図が不自然な気もしましたが、まぁ、いいじゃない。

添えられていた解説によると、紫陽花は赤から紫に七色に変わり、色を失って枯れていく。
天女もその紫陽花のイメージで描かれており、美の衰えを暗に示しているのだそうです。

だからこそ、一瞬の美の輝きや、母性をメインに描いたものではないという印象を受けるのかも知れません。


ここで、再び彫刻を。

《観音像木型(かんのんぞうきがた)》高村光雲(1892年製作)東京芸術大学蔵
《観音像木型(かんのんぞうきがた)》高村光雲(1892年製作)東京芸術大学蔵

京都の知恩院友禅苑の池の真ん中にある観音様の木型です。

これが、また、すごいんですよ。画像では伝わりませんが、実物を見たら飲み込まれます。

私は高校の修学旅行で、京都・奈良をまわりましたが、
あの頃はまだ、『仏像と寺ばかり見せやがって!』という思いがないわけではありませんでした。

でも、最近思うんです。

私が書くまでもないことですが、日本の仏教美術って、人であり、人で無い物を長年作り続けてきたわけです。
そのフォルム(造形美?)は、人を越えたところにあるのだと思うのです。

それが形をもって3Dで目の前に現れたときの、この美に飲み込まれる感覚ときたら、とてつもないです。

アスリートの鍛えられた肉体にも美はありますが、
この高村光雲の観音様が放つ美は、人の姿を保ちつつも、人の存在を超越している美があります。

だからこそこの彫刻には、日本人が模索した美の到達点の一つの形があるのだと、私は感じたのでした。


ちょっと、旅行サイトから拝借した知恩院・友禅苑の観音様をご覧下さい。

知恩院・友禅苑 高村光雲作 立誉大教正紀菩薩

遠すぎる。

これを池の真ん中に置いておいては、もったいないですよ。

長くなってきたので、東京藝術大学大学美術館「芸大コレクション展-春の名品選-」(2)へ続きます。
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