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コントと演劇の笑いの違い(2)
松尾スズキさんとラサール石井さんの、
コントと演劇の違いについての対談について書いて下さっているサイトを見つけました。

私がまさに読みたかったやつです。

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「いやしのつえ」~君にホイミを僕にはべホイミを~
http://www5f.biglobe.ne.jp/~iyatsue/ ←「いやしのつえ」さんのトップページ

「コント」と「コメディ」と「笑いの多い舞台」の違い
http://www.enpitu.ne.jp/usr6/bin/day?id=60769&pg=20061024 ←こちらのページからの転載
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演技でいいから友達でいて―僕が学んだ舞台の達人 (幻冬舎文庫)演技でいいから友達でいて―僕が学んだ舞台の達人 (幻冬舎文庫)
(2006/10)
松尾 スズキ

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「演技でいいから友達でいて~僕が学んだ舞台の達人」松尾スズキ著・幻冬舎文庫


ラサール石井 × 松尾スズキ (下記・部分転載)

◆松尾:ところで石井さんは、コントとコメディと笑いの多い舞台の違いを、実際すべて経験している人間として、どう捉えているんでしょう?

◇石井:まずやっぱり、コントは時間的にも内容的にも圧縮されてますよね。で、笑わせることをまず目的としている。その度合いがいちばん強いのがコントですね。でもリアリティーは絶対なきゃいけない。下手な漫才が会話に見えないから笑えないのと同じように、リアリティーがないと絶対に笑えないから。ただ、その振幅の幅は極端なほうがいい。技術的に言うと、声が大きいほうがいいとか、できるだけ正面を向いたほうがいいとかね。コントは長くても15分だから、芝居をやるときみたいに、最初はわざとシリアスなトーンで入ってみるとか、ものすごく日常的な設定を見せるとか、そういう演劇的なことをやっていると、笑いまで届かない。笑いを求める度合いが強いだけに、その辺は省いていかないと。

◆松尾:コメディはどうですか?

◇石井:ある程度筋があるから、ストーリーに沿って進みますよね。そこでちょっと日常的なことは出てきますけど、まあコメディだったら、CMネタを言っても楽屋落ちがあってもOKだし、演者が先走っていることがあってもいい。でも、それが「笑いが多い芝居」ということになると、「そこにいるその人はそれは言わないだろう」っていう最低限のルールを守らないといけないと思うんですね。あえてそれを壊す喜劇もあるだろうけど、そしたらそれを満たすだけの計算が随所にないと、演劇として成り立たないから。いずれにしても、どれをやるにしろリアリティーは必要で、そのためには芝居がちゃんとできないとダメですよね。よく、コントと芝居は別だと思ってる俳優さんに、「僕もコントがやりたいな」なんてふざけて言われるんだけど、「いや、あなたはその前に演技をやったほうがいい」って、僕はいつも思うんですよ。

◆松尾:コントが上手い人って、基本的に芝居も上手いですからね。

◇石井:芝居をちゃんとしないと、人は笑わないんですよ。僕はときどきコントのワークショップをやるんだけど、だいたいいつもやる設定は、学校をエスケープしようとする不良学生と、それをやめさせようとする真面目学生。それをアドリブでやらせると、まず不良学生がそこに居ようとするんだよね。2人がそこにいることが予定調和になってしまって。で、「不良学生はエスケープしたいんだから、行けよ」って言って、袖のほうに行かせると、今度は真面目学生がそれをボーっと見てる。だから「それじゃダメだよ、止めなきゃ」って言って、引き留めさせて、「学校のどこがつまんないんだ?」とかいろいろ質問させて。ちなみに、さっきのコントとコメディの違いで言えば、このとき袖の近くで引き留めても、そこでそのまま芝居を続けるのがコメディ、不良学生をそこから中央にいちいち引っ張ってくるのがコントですよね。

◆松尾:なるほどなあ。

◇石井:ワークショップでは、そうやって僕がああしろ、こうしろって指図しながらコントを続けさせて、参加者はその間を覚えていくわけなんですが、じつはこれ、コントの練習じゃなくて、芝居の練習なんですね。要は、常にどうリアルさを保っているかっていうことなんですよ。芝居のワークショップとして、コントを使っているんですよね。

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コメディって、最近あまり聞きませんよね。Wikipediaのコメディには、このような記載があります。

>喜劇(きげき、英語:Comedy)とは、人を笑わせることを主体とした演劇や映画、
>ラジオやテレビのドラマ作品や、それらのなかの笑いを誘うやりとりを指す。コメディとも言う。

>ただしコメディの西洋における元義は、悲劇の対照を成す意味での演劇である(例えばギリシア悲劇に対するギリシア喜劇)。

>従って本来は必ずしも笑えるものだけを意味するとは限らない。
>例えば、ダンテの『神曲』も原題は「La Divina Commedia」であり、
>日本語で通常の直訳では「神聖な(もしくは神の)喜劇」となるが、笑えるものを意味しているわけではない。



ラサール石井さんは、『コメディ』と『笑いが多い芝居』の違いの部分で、

>それが「笑いが多い芝居」ということになると、
>「そこにいるその人はそれは言わないだろう」っていう最低限のルールを守らないといけないと思うんですね。

と書いて下さっています。

そうなんですよね。「そこにいる人は、それは言わないだろう。」という演劇が、ほんと多いんですよね。


ラサール石井さんの発言を読んで、『コントは設定を説明するものだ』というとらえ方は、間違っていたと感じました。

あくまコントは、時間的な制約が大きいため、
笑いに到達するまでの省略を追求した結果、説明するという選択肢に至ることがあるという事なのですね。

その他の部分は、私が常日頃感じていた部分と同じため、すとんと落ちました。

いやぁ。やっぱりすごい。


私がかつて書いた、
コントと演劇の笑いの違い(1)コントを演劇的に見るも、よろしければご覧下さい。
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