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【生き方】クリエイティブに生きるという事
もともとはすごく単純な考えだったように思う。

 『消費するだけの人生は、嫌だったから。』
 『ものを作っているとき、わくわくするから。』


なにかを作り出す立場でありたいと思った。
クリエイティブに生きようと思った。

 だからこそ、欲求の赴くまま、演劇を続けてきた。


作品を作るには、膨大なエネルギーを使う。
しかし時に挫折し、時に心が折れ、エネルギーがだだ漏れし始める。

負の連鎖を断ち切るまで、自己嫌悪を繰り返し、もがき苦しむ日々が続く。


-でも、何かが違うと感じたのは、1年ほど前だろうか。

 私は単純な思い違いをしていた。


あるとき私は、
作り手を『クリエイター』(クリエイティブに生きている人)と例えてみた。
すると、観客は自然と『消費者』という事になった。

でも、そこで引っかかった。

観客は別に芝居を消費しているわけではない。
芝居は勝手に消えて逝くのだ。

観客は消費者ではなく、楽しむ人なのだ。


その時から、芝居を見に行くときの自分が変わった。
芝居は消費しに行くわけではない。楽しみに行くのだ。


 芝居を作ってない時の自分が、クリエイターでなくなってしまってはいけない。
 クリエイティブに生きるのならば、常に何かを生み出していくべきだ。


職場での、同僚への挨拶を変えた。
まわりの表情が、昨日よりも晴れ晴れしたものになった気がした。


 この時、自分が『クリエイター』になった事を確信した。


もう、迷わない。
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【生き方】東京にいる理由
大学受験に失敗し札幌での浪人が決まったとき、
友人のしみさんは、東京で浪人すると言った。

-なぜ、わざわざ東京で浪人をするのだろう。
『東京には、すごい人がいっぱいいるから。』

しみさんは、私にそう説明してくれた。


北海道民は、本州のことを内地(ないち)と呼ぶ。
海を渡って内地の大学に行く時、
私にも、違う世界へ踏み出していくんだという、いくばくかの恐怖があった。


父がまだ生きていた頃、
「おまえは札幌に戻ってくる気はないのか。」と聞かれた事がある。

その時の私は、しみさんと同じ答えをした。
「東京には、すごい人がいっぱいいるから。」と。


でも、今は、ちょっと考えが変わった。

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東京に来てまもなく、私の中に小さな疑問が生まれた。

-なぜ東京のご老人は、こんなにも気品を持っているのだろう。


  何年か前、友人と深川にどじょうを食べに行った事がある。

  深川のどじょうは、確かにうまかった。
  私は田舎の川でどじょうを捕まえては逃がすという遊びをしていたが、
  しょせん、どじょうはどじょうであって、決して上等な食材ではない。

  しかし江戸の人々は、これをいかにうまく食うか楽しんだ。
  それが文化として、今も定着しているのだろう。


 私には、東京のご老人達は文化を楽しんでいるように見えた。
 そして、ここにいることが当たり前であるという、
 揺るがない存在の所在が、気品として現れている気がした。

 その時の私の目には、『ご老人達=文化人』として、写っていたのだろう。


私にとって東京は、戦いの場であった。
でも今は、この街を楽しもうとしている。

 戦うことをやめたとき、この街も、案外悪くないものだと思った。


江戸からの心意気が、この街に文化人を育てる。
この街が、私の人格を豊かに育ててくれる。

 その先に、私の作りたい作品がある。

だから私は、今も東京にいる。


【生き方】ご無沙汰過ぎます。
生きていたかとお思いの方も多いでしょう。

一年と四ヶ月ぶりの更新です。

思いっきり忘れ去られた頃だから、いいのでしょう。
また好きなことを、ひっそり書いていこうと思っております。

昨年の三月に、父が他界しました。

父のことを書こうと思いつつ、
自分の中で整理ができないまま、時が経ちました。

父の納骨の為に再び北海道に帰省した時、
柴田家の墓石がある森町へ向かう電車の中で、
私は父のことをノートパソコンに書き殴ってました。

その日一日では想いをまとめきれず、
納骨を済ませて札幌のマンションに戻り、私は床につきました。

0:00

薄れゆく意識の中で、女性の悲鳴と鈍い衝突音を聞きました。

翌朝、当時14階にあった実家のマンションの玄関前の小窓から、
20代の見知らぬ女性が身を投げたという事実を知りました。

すべてにご縁を感じ生きようといていた私は、
なぜ、私たちの玄関前から女性が飛び降り自殺したのか、
受け入れることができませんでした。

ま、当たり前でしょうけど。

でも今は、受け入れることができるんです。私なりに。


抱え込むことは、もちろんできないですし、
私が彼女を救えたとも、思ってはいませんけどね。

そのために、時間が必要だった。

来年あたり、また集団を立ち上げようと思ってます。
というよりは、自分の作・演そして場合によっては出演で、
私の作品を見て頂く機会を作るつもりでいます。

そんなわけで、また、ボチボチ書こうかなと。

これからも、よろしくお願いします。

追記.川井さんに、なんてメールしようかな。。。



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